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福岡地方裁判所 平成3年(行ウ)24号 判決 1994年7月26日

甲事件原告 株式会社ぼたんや 外一名

乙事件原告 井手勝美

甲事件被告 九州通商産業局長

乙事件被告 国

主文

一  甲事件原告株式会社ぼたんやの請求を棄却する。

二  甲事件原告井手勝美の請求を却下する。

三  乙事件原告井手勝美の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、甲事件について生じた部分は甲事件原告らの負担とし、乙事件について生じた部分は乙事件原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 甲事件被告九州通商産業局長(以下「被告九州通産局長」という。)が甲事件原告株式会社ぼたんや(以下「原告ぼたんや」という。)の平成三年七月四日付けの電気事業法施行規則七七条二項の規定による不選任承認申請に対し、同年七月三一日になした当該申請を拒否する旨の処分を取り消す。

2 訴訟費用は、被告九州通産局長の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の答弁

(一) 甲事件原告井手勝美(兼乙事件原告、以下「原告井手」という。)の訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告井手の負担とする。

2 本案に対する答弁

(一) 甲事件原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は甲事件原告らの負担とする。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 乙事件被告国(以下「被告国」という。)は、原告井手に対し、金一〇〇万円及び平成三年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告国の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告井手の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告井手の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告ぼたんやは、その本店所在地において受電電圧六〇〇〇ボルト、最大電力九〇キロワットの需要設備のみに係る「天神ハイム」という名称の自家用電気工作物を設置して事業を行っている者である。

(二) 原告井手は、昭和四八年四月に電気事業法(以下「法」という。)五四条所定の第三種電気主任技術者免状を、同四九年四月に同第二種電気主任技術者免状を各取得し、そして、昭和六三年五月二日通商産業省告示第一九一号の「電気事業法施行規則第七十七条第二項の委託契約の相手方の要件等」と題する告示(以下「本件告示」という。)所定の保安業務に関する実務経験年数を満たした上で、同五三年一〇月より、電気事業法施行規則(以下「規則」という。)七七条二項所定の「別に本件告示する要件に該当する者」として複数の自家用電気工作物設置者を相手に委託契約を締結して保安業務を業として営んでいるいわゆる電気管理技術者である。

(三) 被告九州通産局長は、規則七七条二項により、同項所定の不選任承認をする権限を有する者である。

2 行政処分の存在

原告ぼたんやは、平成三年六月三〇日原告井手を相手方として、同社が設置する前記自家用電気工作物について保安業務に関する委託契約を締結した上で、被告九州通産局長に対し、平成三年七月四日付けで同自家用電気工作物について規則七七条二項所定の承認(以下「不選任承認」という。)を求める旨の申請(以下「本件申請」という。)を行った。

被告九州通産局長は、本件申請に対して、同年七月三一日、「委託契約の相手方が昭和四〇年七月一日四〇公局第五九三号の通達『主任技術者制度の運用について』II・二・ロの要件に該当するので承認できません。」として、本件申請を拒否する旨の処分(以下「本件拒否処分」という。)を行った。

3 行政処分の違法

被告九州通産局長の本件拒否処分は、次の理由により違法である。

(一) 被告九州通産局長において、原告井手が、昭和四〇年七月一日四〇公局第五九三号の通達「主任技術者制度の運用について」(以下「本件通達」という。)II・二・ロの要件である「委託契約の相手方が電気管理技術者である場合であって、その者が他に職業を有するとき」に該当するという一事をもって本件拒否処分を行ったものであるとすれば、それは、右通達の意味・趣旨を明らかに誤解したものであり、裁量権の行使を誤った違法な処分である。

(二) 被告九州通産局長において、原告井手の業務内容を具体的に慎重に審査した上で、保安上の支障があるものとして本件拒否処分を行ったものであるとしても、本件拒否処分は、次の理由により違法である。

(1) 被告九州通産局長において、原告井手における保安業務の遂行状況を具体的に慎重に審査したとしても、それは原告らに告知及び聴聞の機会を与えずに行ったものであり、原告らの適正な行政手続を受ける権利を侵害し、憲法三一条のデュープロセス条項に違反する違法なものである。

(2) 原告井手は、昭和五九年四月イーデン電気技研株式会社(以下「イーデン」という。)を設立し、その代表取締役に就任して現在に至っているが、このことによって原告井手において電気管理技術者としての職務がおろそかになって保安上支障が生じたということはこれまで一切なかった。さらに、イーデンの代表取締役に就任していることが原告井手における自家用電気工作物に対する保安確保上プラスになったことはあっても決してマイナスになったことはなかった。また、被告九州通産局長において原告井手に係る不選任承認申請はこれまでこれを承認してきた。

以上からすると、被告九州通産局長は故意に保安上支障があるものとして反対の事実認定をして本件拒否処分を行ったものと解せざるを得ないのであって、裁量権を濫用した極めて違法な処分である。

(3) 本件拒否処分は、保安上支障がないにもかかわらず不選任承認申請を拒否したものであるということができるのであって、そうだとすれば、これは、原告井手と、同様に他に職業を有する他の電気管理技術者とを差別し、ひいては原告井手を委託契約の相手方として選択した原告ぼたんやをも差別することに帰し、法の下に平等であることを保障した憲法一四条に違反し、さらには経済的活動の自由を保障した同二二条及び同二九条にも違反する違法な処分である。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 請求原因3(一)の事実中、本件通達II・二・ロに該当するという理由で本件拒否処分を行ったことは認めるが、その余は否認し、または争う。

3 請求原因3(二)(1)は争う。

同(2)の事実中、原告井手が昭和五九年四月イーデンを設立し、その代表取締役に就任して現在に至っていること、被告九州通産局長において原告井手に係る不選任承認申請はこれまでこれを承認してきたことは認め、原告井手がイーデンの代表取締役に就任したことによって同人において電気管理技術者としての職務がおろそかになって保安上支障が生じたということはこれまで一切なかったこと、イーデンの代表取締役に就任していることが原告井手における自家用電気工作物に対する保安確保上プラスになったことはあっても決してマイナスになったことはなかったことは不知、その余の事実は否認する。

同(3)は争う。

三  被告九州通産局長の本案前の主張

1 行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる(行政事件訴訟法九条)のであるが、右「法律上の利益」とは、実定法の保護している利益であると解するのが判例・通説の立場である。すなわち、最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決は、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。」と判示している。

また、通説である法的利益救済説は、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益の保護を目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益をいい、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果としてたまたま一定の者が受けることとなる『反射的利益』ないしは『事実上の利益』とは区別されるものとする」と解している。

2 法はその目的に関し、「電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによって、電気の使用者の利益を保護し、及び電気事業の健全な発達を図るとともに、電気工作物の工事、維持及び運用を規制することによって、公共の安全を確保し、あわせて公害の防止を図ることを目的とする」(法一条)と規定しているところ、法により保護されている利益は、第一に電気の使用者の利益であり、同法及びその付属法令のいかなる規定によっても、例外的に認められるにすぎない主任技術者不選任の場合における保安の委託契約の相手方の営業上の利益が保護されていると理解することはできない。したがって、原告ぼたんやが本件申請により不選任承認を得ることによって委託契約の相手方として原告井手が受ける利益は「反射的利益」にほかならない。

よって、原告井手については、本件拒否処分の取消しを求める適格を欠くものであり、原告井手の被告九州通産局長に対する請求については速やかに却下されるよう求める。

四  被告九州通産局長の本案前の主張に対する原告井手の反論

1 原告ぼたんやが本件申請により不選任承認を得ることによって委託契約の相手方として原告井手が受ける利益は「反射的利益」にほかならないとの主張は争う。

2 不利益処分の名宛人に原告適格が認められることについては異論がない。名宛人は処分により直接の法的規律を受ける立場にあることがその理由とされる。この考え方を前提とすれば、形式上は処分の名宛人ではなくとも、当該処分により直接に法的規制を被る第三者には原告適格が認められるべきものと解される。

3 規則七八条によれば、規則七七条の規定する不選任承認をしようとする者は、様式第五一条の二の不選任承認申請書に、1委託契約の相手方の執務に関する説明書、2委託契約書の写し、3委託契約の相手方が規則七七条二項の通商産業大臣が指定する法人以外の者である場合(即ち、いわゆる電気管理技術者である場合)は、その者が要件に該当することを証する書面、をそれぞれ添付することとなっている。また、右様式第五一条の二には、主任技術者を選任しない事業所の名称及び所在地、電気工作物の概要、委託契約の相手方の氏名及び生年月日、住所、主任技術者免状の種類及び番号、委託契約を締結した年月日、を記載することになっている。

他方、通商産業大臣または通商産業局長は、これらの不選任承認申請書並びにその添付書類を判断の基礎として、規則七七条二項に基づき保安上支障がないかを審査する。

かように不選任承認申請の審査においては、電気管理技術者の要件適合性、執務内容、本件通達適合性などがその審査対象とされるのであり、審査の結果、申請が拒否されれば、当該処分の直接の効果として電気管理技術者は、損害賠償義務の発生、委託契約の解除、のみならず将来にわたる新規顧客の獲得不能など重大な被害を被るのである。

そうだとすれば、不選任承認申請の審査の結果ないしは効果は、申請者たる自家用電気工作物設置者のみならず、電気管理技術者のいずれにも及ぶというべきであるから、審査の結果、不選任承認申請が拒否されたときは、申請者たる自家用電気工作物設置者のみならず、電気管理技術者もまた拒否処分についてその取消しを求める法律上の利益を有するというべきである。

五  被告九州通産局長の本案の主張

1 主任技術者不選任承認制度

(一) 法は、公益事業たる電気事業の規制を定める事業法であるとともに、電気事業者であると否とを問わず、電気がその取扱いのいかんによっては危険を伴うものであるために必要とされる保安規制を規定する保安法でもある。

(二) 一般に電気工作物の保安が確保されず、電気工作物に事故が生じた場合には、漏電や火災等を生ぜしめ、人の死傷や物の損壊等の被害を発生させる危険が大きく、その危険は、当該設置者の範囲に止まらず、一般の公衆にも及ぶものであること、事故の程度がそれに至らなくても、当該電気工作物の設置者が、その電気工作物を使用できなくなるだけでなく、広範囲の停電を招いて一般公衆に多大な迷惑を及ぼすものであることなど、公共の安全をおびやかすことはなはだしいものがある。

そこで、法は、右の保安法の側面において、電気工作物の保安責任が、その所有者、占有者にあるとする、いわゆる自主保安体制の考え方を基本とし、その実行性を担保するため、電気工作物の工事、維持及び運用に関する十分な知識及び技能を有する者に電気主任技術者免状を与える(法五四条以下)とともに、電気事業者及び自家用電気工作物の設置者に対し、電気事業用及び自家用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督をさせるため、右の免状の交付を受けた者のうちから主任技術者を選任することを義務付けている(法五三条一項、七二条一項、以下「主任技術者制度」という。)。このように、主任技術者制度は、電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安を確保するためには、十分な知識及び技能を有する者をして右保安の監督に当たらせることが必要であるという観点から、電気事業者や設置者による自主保安体制の中核をなすものとして設けられているものである。

(三) ところが、自家用電気工作物にあっては、その電気工作物の規模も内容も多種多様であるとともに、その設置者の実態も電気事業者に比して大きな差異があり、多数の零細な自家用電気工作物の設置者の中には、専任の主任技術者を雇用することが困難な者もあって、自家用電気工作物の設置者に一律に大きな負担を課するのは相当でないとの配慮から、法七二条一項により主任技術者制度の運用を委任された通商産業省令である規則七七条二項において、一定規模以下の中小自家用電気工作物の設置者については、電気管理技術者(本件告示一条に定められた要件を満たす者をいう。以下同じ。なお本件通達IIの一参照。)または指定法人(右本件告示二条に掲げられた法人をいう。以下同じ。)への保安業務の委託を認め、このような代替措置がとられ、かつ、電気工作物の保安上支障がないと認められる場合に限り、主任技術者の選任義務を免除することができるとした。これが主任技術者不選任承認制度である。

2 本件通達の解釈

(一) この不選任承認制度の運用を含む主任技術者制度の運用については、本件通達が発せられており、その処理は、右通達に準拠して実施されているところであるが、そのIIなお書きにおいて、「その申請が次の各号に該当するときは、保安の確保上支障となる場合が多いと考えられるので特に慎重を期せられたい。」との規定が設けられており、その「ロ」として、「委託契約の相手方が電気管理技術者である場合であって、その者が他に職業を有するとき」が掲げられている。この規定は、委託を受けた電気管理技術者が「他に職業を有する」場合には、不選任を承認することにつき、特に慎重を期す趣旨のものであることが、その規定の文言からも、また、本件通達IIが、規則七七条二項の「保安上支障がない」の要件に関する運用を定めたものであるという本件通達の趣旨からも明らかである。

このように、電気管理技術者が、他に職業を有する場合について、特に慎重な運用が定められている理由は、電気管理技術者が、その「他の職業」によって、時間的、身体的な制約を受けるため、日常の保安の監督に係る業務(本件通達IIの一参照)がおろそかになるばかりでなく、緊急時における保安の確保(同IIの二参照)に対応できなくなる危険性が高いと考えられるところにある。また、「他の職業」の内容によっては、保安の確保に直接利害関係を有するため、支障が及ぶことも考えられる。

(二) したがって、委託を受ける電気管理技術者が他に職業を有している場合には、そのことが電気工作物の保安上明らかに支障がないと判断されない限り、右承認をすることはできないのである。

3 保・工分離の原則

電気工事業を営む者が、電気工作物の保安に関する業務に携わると、各々のチェック機能を有効に働かしめることができず、第三者的な観点からの冷静な判断が損なわれ、適正な保安の確保が図られないおそれがある。そこで、わが国の長い電気保安行政の歴史の中においては、「保・工分離」すなわち、保守管理を行う者と電気工事を行う者とは分離すべきであるという基本的な考え方が確立されている。

4 本件拒否処分の適法性

本件申請については、委託契約の相手方である原告井手が電気管理技術者に該当したとしても、他に職業を有するという点において、既に規則七七条二項にいう「保安上支障がない」とは認め難いものであり、加えて、同人は電気工事業を営む会社の代表取締役に就任しているのであるから、右「保・工分離」にも抵触するものであって、保安上の支障が生ずるおそれのあることは明らかである。したがって、原告ぼたんやのなした本件申請は、およそこれを承認することができないことは明らかであり、被告九州通産局長が、本件申請に対して本件拒否処分をしたことに何ら違法、不当の点はない。

六  被告九州通産局長の本案の主張に対する原告らの認否

1 被告の主張1は認める。

2 被告の主張2(一)は認める。同(二)は争う。

3 被告の主張3第一文は認める。同第二文は否認する。

4 被告の主張4中、原告井手が他に職業を有することは認めるが、同人の職業が電気工事業であることは否認し、その余は争う。

七  被告九州通産局長の本案の主張に対する原告らの反論

(一) 本件通達の解釈について

被告九州通産局長は、本件通達の解釈につき、「委託を受ける電気管理技術者が他に職業を有している場合には、そのことが電気工作物の保安上明らかに支障がないと判断されない限り、右承認をすることはできない。」と主張する。

しかし、かかる解釈では、電気工作物設置者及び電気管理技術者が有する職業選択の自由、営業の自由が著しく侵害される結果となる。また、このような解釈論は、これまでの実務の実態からも、法文の表現からも、飛躍した解釈論といわざるを得ない。

まず、そもそも、不選任承認制度が主任技術者制度の代替措置であるというのは、建前としてはそうであるものの、実態としては、主任技術者不選任の自家用工作物の件数の方が圧倒的に多いことは統計上明らかであり、原則と例外が実態的には逆転しているのである。

次に、確かに本件通達によれば、委託を受けた電気管理技術者が「他に職業を有するとき」は、「保安の確保上支障となる場合が多いと考えられるので特に慎重を期せられたい。」とされており、その趣旨が、他の職業によって身体的・時間的拘束を受けることによって保安上の支障を生ぜしめるおそれがあることを考慮したものであることはその通りであるが、このことから、ただちに、被告九州通産局長の主張するように、会社の代表取締役であるような場合まで含めて「他に職業を有する」と形式的に言えそうな場合には全て、「明らかに保安上支障がないと認められる特段の事情がある場合以外は承認すべきではない。」との結論を導くのは、明らかに論理の飛躍がある。

すなわち、実務においては、前記のような原則と例外の実体的な逆転状況も考慮の上、「他に職業を有する」といえるかどうかを、身体的・時間的拘束によって保安上の支障を生ぜしめるおそれがあるかどうかの観点から実質的に判定して、ガイドラインを引いてきているのであって、被告九州通産局長の言うような形式的な解釈によって全てを不承認とするような取扱いはされてきていないのである。

したがって、本件通達は、電気管理者が他に職業を有する者であっても、そのことが電気工作物の保安上明らかに支障があると判断されない限り、承認しなければならないと規定しているものと解すべきである。

(二) 保・工分離の原則について

被告九州通産局長が本件拒否処分をした理由として、保・工分離の原則を持ち出すことは誤りである。

(1) 我が国の長い電気保安行政の歴史で保・工分離の原則が確立されているとみることはできない。

(2) また、被告九州通産局長は、電気工事業を営んでいることが直ちに保・工分離の原則に抵触すると主張するが、そもそも保・工分離の原則は、同一電気工作物につき、電気管理技術者(主任技術者)と電気工事業者が同一人格であれば有効なチェック機能を期待できないとすることを根拠にする原則であるから、電気工作物単位でこれを判断すべき原則なのである。

ところが、原告井手及びイーデンは、本件申請及び本件拒否処分当時、原告ぼたんやの所有に属する電気工作物の工事をしている事実はなかったのであるから、保・工分離の原則を理由に本件拒否処分の適法性を根拠付けることは理由がない。

(3) また、そもそも原告井手はイーデンの代表取締役であり、イーデンの業務は三人の第一種電気工事士の資格をもった者が中心になって当たっており、原告井手は午前八時三〇分ころから午前一一時ころまで会社に顔を出して経理のチェックをする程度である。したがって、原告井手自身が電気工事業を営んでいるとは実態として全くいえないのである。

(乙事件について)

一  請求原因

1 当事者

(一) 甲事件請求原因1(二)のとおり。

(二) 被告国は、国家賠償法一条一項の適用上、被告九州通産局長の故意または過失による違法な行政処分に基づく損害を賠償する責任を負う者である。

2 違法な行政処分

(一) 本件申請、本件拒否処分

甲事件請求原因2のとおり。

(二) 本件拒否処分の違法性

甲事件請求原因3のとおり。

3 故意・過失

以上述べた事実関係に鑑みれば、被告九州通産局長が違法な本件拒否処分をなすについて少なくとも過失のあったことは明らかである。

4 損害

被告九州通産局長の本件拒否処分によって、原告井手が違法不当な差別的扱いを受け、また、原告ぼたんやの委託契約の相手方になり得なくなったことで喪失した社会的・経済的信用は大きく、甚大な精神的苦痛を被った。この精神的苦痛を金銭をもって慰謝するならば、その賠償額は金一〇〇万円を下らない。

5 よって、原告井手は、被告国に対して、被告九州通産局長の不法行為により受けた損害について国家賠償法一条一項に基づき金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の翌日である平成三年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2(一)の事実は認める。

同(二)の事実中、本件通達II・二・ロに該当するという理由で本件拒否処分を行ったことは認めるが、その余は否認し、または争う。

3 請求原因3については争う。

4 請求原因4の事実中、原告井手が本件拒否処分によって差別的取扱いを受けたこと、委託契約の相手方になり得なくなったこと、社会・経済的信用を喪失し、精神的苦痛を被ったことは否認し、その余は争う。

第三証拠<省略>

理由

第一甲事件について

一  被告九州通産局長の本案前の主張について

法七二条一項は、自家用電気工作物を設置する者は、自家用電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安の監督をさせるため、通商産業省令で定めるところにより、主任技術者免状の交付を受けている者のうちから、主任技術者を選任しなければならないと規定し、自家用電気工作物の保安の確保のために、その設置者に対し、主任技術者の選任を義務付けている。しかしながら、自家用電気工作物の中にも、その種類や規模において様々のものが存し、確保すべき保安の程度にも差異があると考えられるし、また自家用電気工作物の設置者の中には、主任技術者を専任の形態で雇用することが経済的に困難な者も存在するのであるから、全ての自家用電気工作物の設置者に対し主任技術者の選任義務を課することは必ずしも必要ではないし、相当でもないと認められる。そこで、規則七七条二項は、最大電力五〇〇キロワット未満の需要設備のみに係る特定の事業場等が、電気管理技術者または指定法人(本件告示二条に掲げられた法人。)と保安の監督に係る業務を委託する契約を締結し、保安上支障がないものとして通商産業大臣(事業場が一の通商産業局の管轄区域のみにある場合は、その所在地を管轄する通商産業局長。)の承認を受けた場合には、当該事業場等の設置者は主任技術者を選任しないことができると規定し、いわゆる主任技術者不選任承認制度を設けるに至った。

とすれば、主任技術者不選任承認制度は、高々自家用電気工作物の保安の確保とその設置者の経済的負担との調和を図ることをその趣旨とするものにすぎず、したがって、規則七七条二項は自家用電気工作物の設置者の経済的利益を考慮した規定とはいえても、その契約の相手方である電気管理技術者等の利益を考慮した規定とまではいえないと解するのが相当である。したがって、自家用電気工作物の設置者と委託契約を締結したにすぎない電気管理技術者が不選任承認によって受ける利益は、法律の保護する利益ということはできず、反射的利益にすぎないものと解さざるを得ない。

したがって、原告井手は、本件拒否処分の取消しを求める適格を欠くというべきであり、よって、原告井手の被告九州通産局長に対する請求は却下するのが相当である。

なお、電気管理技術者と委託契約を締結することによって主任技術者を選任しないことができると規定する規則七七条二項が、主任技術者の選任を義務付けている法七二条一項の委任の範囲内にあるといい得るかは一応問題となるが、自家用電気工作物の種類や規模は様々であり、確保すべき保安の程度についても差異があることから、自家用電気工作物の全てについて、主任技術者を専任の形態で選任して保安の確保に当たらせる必要性は乏しいことや、自家用電気工作物の設置者の中には、主任技術者を専任の形態で雇用することが経済的に困難な者も存在することからすれば、自家用電気工作物の種類や規模などに応じて、自家用電気工作物の保安上支障がないと認められる範囲内で、主任技術者を専任の形態で選任すること以外の態様によって自家用電気工作物の保安の確保を図ることも法七二条一項の許容するところであると解されること、規則七七条二項は該当自家用電気工作物を限定しているし、また保安上の支障がないものとしてする通商産業大臣等の承認を要件としていること、保安の監督に係る業務を委託する契約の相手方として、本件告示は電気主任技術者の中でも十分な能力、経験等を有する者であると認められる電気主任技術者等を予定していることなどの諸事情を総合考慮すれば、規則七七条二項は、法七二条一項の委任の範囲内にあると解するのが相当である。

二  請求原因について

1  請求原因1、2の事実については、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二ないし第四号証、乙第八ないし一〇号証、証人明石義博(以下「明石」という。)の証言によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告井手が代表取締役をつとめるイーデンは、通商産業大臣に対し、昭和五九年五月二三日付けで、規則七七条二項所定の法人に指定することを求める申請を行ったところ、通商産業省資源エネルギー庁公益事業部技術課通商産業技官嶋田実は、同年九月二六日ころに右申請は認められないので、申請書を返戻したい旨、イーデンの代理人小柴文男に対し通告した。そのためイーデンは、通商産業大臣に対し同様の申請を行い同様の通告を受けた四名の者とともに、通商産業大臣に対して、主位的請求を右申請を棄却または却下する旨の処分を取り消すこと、予備的請求をイーデンの右申請に対し何らの処分をしないことは違法であることを確認することとする行政処分取消請求の訴えを提起した(東京地方裁判所昭和五九年(行ウ)第一六八号、同昭和六〇年(行ウ)第一五一号)。右訴えに対し、東京地方裁判所は、平成元年四月二六日、イーデンらの主位的請求を却下し、予備的請求を棄却する判決を下した。イーデンらはその後、控訴、上告したが、控訴については平成二年九月一九日、上告については平成三年四月二六日、いずれも棄却された。

(二) 明石は、平成二年一〇月から九州通商産業局公益事業部施設課電気工作物検査官に就任し、かつ施設課事業用係及び同課自家用係を統括していた者であり、本件拒否処分時においても同じ地位にあった者であるが、明石は右各判決の検討を行い、その中で、原告井手は電気工事業を行っているのではないかとの疑義を持つに至った。

(三) その後、原告ぼたんやは、平成三年七月四日付けで、被告九州通産局長に対し、本件申請を行ったが、同人は、右のような疑義を有していたことから原告井手の職業に関する調査を行おうと考え、福岡県及び原告井手に対して照会を行った。その結果、福岡県からは、イーデンが電気工事業の業務の適正化に関する法律に基づく届出を行っているとの、原告井手からは、イーデンは電気工事業をしているとの回答を得た。

(四) そこで明石は、当時の自家用係長、施設課長と協議し、原告井手がイーデンの代表取締役をつとめていることから本件通達II・二・ロの「他に職業を有する」に該当すること、及びその職業が電気工事を目的の一とする株式会社の代表取締役であることから「保・工分離の原則」にも抵触することを根拠として、本件申請が保安の確保上支障とならないとはいえず、右申請を承認することはできないとの処理方針を決定し、被告九州通産局長に対しその旨の報告をした。

(五) 被告九州通産局長は、右報告等に基づき、本件拒否処分を行った。

3  ところで、本件通達II・二なお書きにおいて、「その申請が次の各号に該当するときは、保安の確保上支障となる場合が多いと考えられるので、特に慎重を期せられたい。」との規定が設けられ、同II・二・ロにおいて「次の各号」の一として、「委託契約の相手方が電気管理技術者である場合であって、その者が他に職業を有するとき。」との規定が設けられているところ、法七二条一項は自家用電気工作物設置者に対し何らの例外を設けることなく主任技術者の選任を義務付ける規定形式となっていること、主任技術者不選任承認制度は規則によって認められるものにすぎず、法の建前からいえば例外的ともいえる制度であること、したがって、主任技術者不選任の承認をするに当たっては、法七二条一項の予定する委任の範囲を阻害しないよう十分配慮した運用ないし解釈を行う必要があると解するのが相当であること、電気管理技術者が他に職業を有するときには、自家用電気工作物に対する保安の監督が十分に行われないおそれは否定できないし、緊急の事故が発生した場合にも即時適切に対応ができない可能性も否定できないこと等の諸事情に鑑みれば、右通達は合理性を有していると認めるのが相当である。そして、主任技術者不選任承認が多数の申請行為を前提としていることからすれば、電気管理技術者が他に有する職業が保安の確保上支障となるものかどうかに関する具体的調査義務まで承認権者たる通商産業局長らに対して課するものと解するのは相当でないというべきである。

したがって、主任技術者不選任承認申請をなした電気管理技術者が他に職業を有していることが明らかになった場合には、そのことが電気工作物の保安上明らかに支障がないと判断されない以上、右承認を拒否したとしても、裁量権の濫用とはならないというべきである。

4(一)  成立に争いのない乙第六号証、第二〇、第二一号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから、原本の存在する真正な公文書と推定すべき乙第五号証、証人明石義博及び同松尾辰己の各証言によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 現在の電気事業法は、昭和三九年に制定され、昭和四〇年から施行されているが、それ以前の旧法の下では、主任技術者が電気保安の管理監督を行うことにはなっていたものの、主任技術者の数が足りなかった背景もあって、<1>電気工事を行う者やその従業員に主任技術者の資格を有する者がいると、工事を受注するためにその者を自家用電気工作物の主任技術者として提供し、工事が終わればその主任技術者をよそに行かせてしまう、<2>電気工事を行う者が主任技術者を提供した場合、他の工事部門が忙しくなると自家用電気工作物の管理がおろそかになったりする、<3>電気工事の方が暇になると自家用電気工作物の管理を厳しくして、設置者にとっては必要でない工事を行ったりするなど、各種の弊害が生じ、自家用電気工作物の保安管理が十分に行われない危険性があった。

(2) そこで、昭和四〇年から施行された新しい電気事業法の下では、右のような弊害を除去し、電気工事を行う者と保安監督を行う者とが独立した運営をし、相互に有効なチェック機能を働かせるとの考え方、いわゆる保・工分離の原則が電気保安業務の中での基本的な考えとして位置付けられ、電気事業法の施行面においても、電気工事業をしている者が主任技術者をしている事業所についてはその主任技術者の選任を避けるように、行政上の指導が行われ、右原則を貫く運用が行われた。

(3) その後、昭和六二年に行われた電気工事二法(電気工事士法及び電気工事業の業務の適正化に関する法律)の改正に際して、通商産業省資源エネルギー庁公益事業部技術課長は、全国電気管理技術者協会連合会会長に対し、昭和六二年八月四日、わが国の電気保安の確保が、長い電気保安行政の歴史のなかで確立した保・工分離の考え方を基本としており、電気工事を行う者が保守管理も行う、あるいはその逆のケースは到底許されるべきではなく、通商産業省としては電気工事二法の改正後においても保・工分離の原則を徹底してゆく考えであることを示す内容の「電気工事二法改正と保守管理業務の関係について」と題する文書を発したほか、資源エネルギー庁公益事業部長は、同年八月二〇日に開催された参議院商工委員会において、電気工事二法の改正後も保・工分離の原則を堅持してゆく考えであることを政府委員として発言した。

(二)  右のとおり保・工分離の原則は、電気保安行政において定着し、本件処分時にも確立した考え方であったものと認められるが、電気工事を行う者と保安監督を行う者と分離し、相互に有効なチェック機能を働かせ、電気保安上の弊害を除去するという右原則が取り入れられた趣旨に照らすと、右原則については、電気工作物の単位で判断すれば足りる(ひとつの電気工作物について電気工事とその保守管理をしなければよい)とすべきものではなく、個々の電気工作物について電気工事をしたことがない場合であっても、電気工事を業とする者と電気の保守管理にあたる者とを一般的に分離する内容を有すると解するのが相当である。

(三)  以上のとおり、保・工分離の原則は、各種の弊害を除去し、電気保安の確保をする上での基本的、相当な考え方であって、主任技術者制度を規定する法七二条一項、主任技術者不選任承認制度を規定する規則七七条二項の解釈、及び本件通達の解釈、運用にあたっても遵守されるべきものと解されるから、右原則に違背する事情が存在する場合には、主任技術者不承認申請の承認の権限を有する者が、その可否を決するにつき、原則として保安の確保上支障があると認めたとしても裁量権の逸脱とはならないと解するのが相当である。

5  ところで、株式会社の代表取締役は、会社を代表し、その業務執行をする中心的機関であり、法律上も実際上も重要な権限を有するとともに、会社のために忠実にその職務を遂行すべきであるなど重大な責務を負うものである上、代表取締役がその会社の従業員に対し電気工事に対する検査を緩め、あるいは厳しくするよう指示することは可能であるので、電気工事業を営む株式会社の代表取締役が保安管理業を営む場合においても右記の各弊害は生じるものと認められるところ、成立に争いのない甲第五号証(存在ともに)、乙第一六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証によると、イーデンは電気工事をその目的の一とすること、原告井手はイーデンの代表取締役であることを認めることができる。

そうすると、保安業務に関する委託契約の相手方として規則七七条二項の不選任承認を求める原告ぼたんやの本件申請は、本件通達II・二・ロに規定される委託契約の相手方が「他に職業を有するとき」に該当する上、前記保・工分離の原則にも実質的に反するものであって、保安の確保上支障がないものということはできない。

以上より、被告九州通産局長が行った本件拒否処分には裁量権の濫用はないというべきであり、右処分は適法なものと認められる。

6  憲法三一条違反の主張について

憲法三一条の定める適正手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、聴聞の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁大法廷判決平成四年七月一日)。

規則七七条二項の許否の判断に当たり、処分の相手方が事前の告知、聴聞の機会を与えられなければならないと定めた法律上の明文の規定は存在しないところ、右条項によって認められる主任技術者不選任承認制度は、電気保安の確保という重要な公益と個々の自家用電気工作物の設置者の便益との調和を図ることを目的としているが、主任技術者の選任を義務付ける法律の趣旨からすれば、例外的な制度であること、拒否処分を受けた者は、当該委託契約の相手方との契約締結による不選任承認が得られないだけであり、他の電気管理技術者等と委託契約を締結することにより主任技術者不選任の承認を得ることは可能であること、その他、適正な行政処分が求められる緊急性の程度にも照らすと、本件の場合に事前の告知、聴聞の機会を与えることが必要とまではいえないと解するのが相当である。

7  憲法一四条、二二条、二九条の主張について

本件拒否処分は、保安上支障がないにもかかわらず不選任承認申請を拒否したものではないから、原告井手と、同様に他に職業を有する他の電気管理技術者とを差別するものでも、原告ぼたんやを差別するものでもない。

また、本件拒否処分は前記のとおり適法なものであるから、原告らの経済的活動の自由を侵害する違法な処分であるともいえない。

8  以上より、原告ぼたんやの請求は棄却するのが相当である。

第二乙事件について

一  請求原因1については当事者間に争いがない。

二  請求原因2については第一で述べたとおり、これを認めることはできない。

よって、原告井手の本件請求はその余の点について判断するまでもなく、失当である。

第三結論

以上のとおり、甲事件については、原告ぼたんやの請求は失当であるからこれを棄却し、原告井手の請求は不適法であるからこれを却下し、乙事件については、原告井手の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧弘二 高橋譲 原啓章)

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